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長野地方裁判所 昭和63年(ワ)41号 判決

原告

X

右訴訟代理人弁護士

富森啓児

木下哲雄

上條剛

被告

長野県

右代表者知事

吉村午良

右訴訟代理人弁護士

土屋東一

大久保宏明

右指定代理人

小池旭

外八名

主文

一  被告は、原告に対し金三五万円及びこれに対する昭和六三年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金三三〇万円及びこれに対する昭和六三年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言(予備的)

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告(昭和二七年五月二八日生、女性)は、肩書地において内縁の夫及び子供三人と居住し、長野市篠ノ井〈住所略〉において、「○○」の屋号でスナックを営業しているものであり、後記の訴外警察官らは、いづれも被告に置かれた長野県警察(以下「県警」という。)所属の長野南警察署に所属する警察官(以下「警察官」という。)である。

2  原告に対する無免許運転被疑事実による現行犯逮捕

原告は、昭和六三年二月二日(以下、特に断らない場合は同日を指す。)午前一時過ぎ頃、無免許で普通乗用自動車を運転して前記「○○」から自宅に向けて長野市篠ノ井〈住所略〉付近の駅前通りを走行中に、警察官の職務質問を受け、無免許運転(以下「本件無免許運転」という。)の発覚により現行犯逮捕され、午前一時半頃、長野南警察署に引致され、引致後、取調室において、警察官から本件無免許運転の事実及び弁護人選任権の告知を受け、飲酒の有無・程度のテストをされ、弁解録取書及び飲酒検知管を入れた封筒に署名、指印した後、同署留置場へ連行された。

3  警察官らによる違法行為

(一) 原告は、同署二階の留置場へ連行され洗面所の前で待機したが、その際、警察官から腕をまくるよう指示され、さらに口を開けるよう言われ、指示に従った。

また、原告は、警察官から尿を採るよう指示されたが、「出ません。」と言ってこれを断った。

(二) 違法な身体検査

まもなく、留置場に女性職員が到着し、原告は、同女から理由も告げられないまま「これから身体検査をするから、そこの部屋に入って下さい。」と言われ、女性職員とともに留置場内の身体検査室に入った。女性職員が原告に対し、裸になり浴衣を羽織るよう命令し、「全部脱ぐのですか」との原告の問掛けに対し「そうです。」と答えるのみであったため、原告は、止むなく裸になった。

原告は、当日は生理が強い日であること、下着(生理用パンツ)が汚れていること、内装式生理用品(以下「タンポン」という。)を挿入していることを話し、下半身は脱がなくてもいいのではないかと全裸になることを拒否したが、女性職員は、下半身も裸になるよう命じた。さらに、原告は、タンポンも抜くのかと聞いたところ、女性職員が「決まりだから、それも取りなさい。」と言ってタンポンの排出を命令したため、止むなく、その場で挿入していたタンポンを体外に排出した。そのうえ、女性職員が全裸に浴衣を羽織っただけの原告に対し股間を開いて足を二、三回曲げるよう命令したので、原告は、止むなく命令に従った。

女性職員は、随時、留置場に同行し身体検査室外で待機していた警察官の指示を仰ぎながら、これらの命令をした。その後、女性職員は、原告の裸体を隈無く調べ、黒子や傷痕のチェックをし、室外の警察官に報告した。

(三) 違法な採尿

原告は、午前三時過ぎ頃、少年婦人室に入れられ、午前九時頃から、無免許運転の被疑事実について警察官から取調べを受けた後、再び少年婦人室に戻っていたところ、昼頃、警察官と前記女性職員から理由を告げられることなく、採尿を命じられ、紙コップを渡された。そこで、原告は、採尿の目的を尋ねたが、何の答えもなく、止むなく採尿に応じたが、その際、便所の扉を閉めようとしたところ、女性職員は、開いた戸を押えて、「閉めないでそのままして下さい。」と言った。さらに、原告は、戸を閉めるよう要求したが、女性職員から「決まりだからやって下さい。」と命令されたので、止むなく警察官らが看取できる状況下で意に反する採尿をせざるを得なかった。

(四) 違法な身柄拘束

原告は、午後も無免許運転について取調べを受け、午後四時頃には供述調書が作成され取調べは終了したにもかかわらず、その後も引き続き身柄を拘束され、翌三日午後三時二〇分頃、ようやく釈放された。

4  被告の責任

(一) 原告の被疑事実は無免許運転に過ぎず、警察官の現認による現行犯逮捕であり、原告も右被疑事実を認めており、しかも内縁の夫と三人の子供のいる主婦であって、罪証隠滅の虞れも逃亡の虞れもなかったのであるから、弁解録取書作成後は最早留置の必要性すらなかったのであり、被告の警察官がその後も原告を留置し続けたことは、覚せい剤使用の有無の鑑定結果が明らかになるまでの時間稼ぎの留置であって、違法である。

(二) 被告の警察官は、逮捕されて困惑し不安な状態にある原告に対し、規則の名の下に、憲法及び刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)その他関係諸法に基づかない違法な全裸の身体検査を行った。

被告の主張する施設管理権は、物的施設の管理を意味し、人的管理は含まれない。また、勾留決定による留置や刑に処せられたことによる収監時と逮捕に際しての留置とは自ずから区別されるべきであり、留置場は、警察署内の施設であり、被疑者にとって取調べと留置との区別や範囲が不明確であることからも、逮捕に際しての身体検査は許されない。とりわけ女子に対しては、裸にして行う身体検査は犯罪捜査規範一〇七条が厳禁している。

また、仮に身体検査が必要であるとすれば、高度の緊急避難的要素が存在する場合に限って許されるべきであるが、原告の場合、その被疑事実は無免許運転で、しかも現行犯逮捕であるから、高度の緊急避難的要素は存在せず、身体検査は許されない。

(三) 被告の警察官は任意提出の形式により原告から採尿を行ったが、右行為は、昭和六三年一月一九日の県警防犯課長会議で指示が徹底された「逮捕者全員からの採尿」の方針に基づいて、覚せい剤事犯の前科・前歴もなく、注射痕をはじめ覚せい剤使用の疑いが全くないにもかかわらず、何の説明もすることなく、逮捕や全裸の身体検査によって心理的に困惑し不安に陥っている原告に対し尿の提出を求めたものであり、それ自体、人権侵害の危険に満ちた行為である。

被告の警察官のこれらの行為は、いずれも原告の女性としての名誉、羞恥心を著しく侵害するものである。

5  損害

(一) 慰藉料

原告は、いずれも違法な身体検査、採尿及び身柄の拘束により、人間としての尊厳、女性としての名誉、羞恥心を踏みにじられるなど様々な精神的損害を被ったものであるところ、これを慰藉するための金額は三〇〇万円を下回ることはないというべきである。

(二) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任し、その費用及び報酬として三〇万円を支払うことを約した。

6  よって、原告は、被告に対し国家賠償法一条一項の損害賠償請求権に基づき三三〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六三年二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  請求原因3(一)の事実は否認する。

同3(二)の事実のうち、女性職員が原告とともに身体検査室に入室したこと、原告が生理中であり下着が汚れていると申し出たことは認めるが、その余は否認する。女性職員が原告に対し下半身も裸になることについて或いは生理用品を外すことについて命令にあたる行為をしたことはなく、原告が「タンポンを体内に挿入している。」と話したとか、「生理用品も抜くのか。」と聞いたなどの事実もない。口腔内の検査においても理由の説明をしている。

同3(三)の事実のうち、原告を無免許運転の被疑事実で取り調べたこと、尿の任意提出を受けるためプラスチック製コップ(紙コップではない。)を渡したことは認め、その余は否認する。

同3(四)の事実のうち、二月二日午後、原告を無免許運転の被疑事実について取り調べ、供述調書を作成したこと、二月三日午後三時二〇分に原告を釈放したことは認め、その余は否認する。

3  請求原因4及び5の各事実は争う。

三  被告の主張

〈1〜5略〉

6 被告の警察官による原告の留置、身体検査及び尿の任意提出の適法性について

(一) 留置継続の適法性

原告の留置は、逮捕の原因となった本件無免許運転の裏付け及びその立証上重要な情状事実に関する所要の捜査を推進するため、必要であり、適法であった。

(二) 身体検査の法的根拠

Mの行った身体検査は、原告の自殺、自傷、逃走の防止及び留置場の秩序維持に支障を来すことのないようにするため、留置場の管理運営上の観点から、施設管理権に基づいて行ったものである。すなわち、留置に伴う身体検査については、現在、法律の明文の規定は存在しないが、被勾留者等を収容する刑務所等の監獄においては、監獄法一四条により身体検査を行うことが認められている。留置場は、刑訴法の規定により逮捕された被疑者等を留置する営造物であるが、被留置者の逃走及び罪証隠滅等を防止するとともに留置場の規律及び秩序を維持して施設の管理運営の適正を図る必要がある点では監獄と同様であり、留置場においても、法律上明文の根拠がなくても、監獄と同様、社会通念上相当と認められる範囲において被留置者の身体検査を行うことが認められなくては、法の予定した目的は達せられない。特に、一般的に身柄拘束という点では、警察の逮捕が最も先行する手続であるから、被留置者が凶器等の危険物を所持している可能性は監獄におけるそれよりも高いこと、留置の直後は、精神的に不安定な者が多く、危険物等による自殺、自傷等の虞れがあることを考慮すると、逃走及び自殺、自傷等に使用する目的で危険物等を所持している可能性も否定できないから、被留置者の身体検査をする必要性は高い。

もちろん、身体検査を行う際には、身体検査の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様とを比較衡量しなければならない。被留置者も留置目的、留置場の規律及び秩序に反しない限りにおいて、行動の自由、身体着衣等に対する自己の支配権、プライバシー等の基本的人権が最大限に尊重されなければならないのは当然であり、被留置者が着衣及び身体に危険物等を所持しているか否かを確認するため必要不可欠の身体検査であっても、それによる基本的人権の制限は必要最小限の範囲で、かつ、一時的なものでなければならないというべきである。

そこで、警察が被疑者等を留置する際に行う身体検査については、国家公安委員会が定める被疑者留置規則等に基づいて実施しているが、常に被留置者の人権に配慮し、実施する場所は、遮蔽され、外部から中が見えない留置場内の身体検査室等において、原則として肌着を脱がせない範囲で行うものとし、被留置者が女性である場合には、女性職員だけを立ち会わせて、男性警察官の目に触れない方法で実施している。また、被留置者が危険物を所持している相当程度の蓋然性があり、肌着を脱がせて身体検査をする必要がある場合には、備え付けの浴衣を着用してもらうなど人権の擁護と羞恥心の払拭には充分な配意をもって実施している。

前記のように、Mは、人権に配慮し、原則として原告の肌着を脱がせないで身体検査を行っていたが、原告の場合、暴力団の元幹部と同棲しており、身体検査時の挙動から、股間に危険物等を隠匿している蓋然性が認められたため、肌着及び股間の検査を行うこととしたが、その際、女性の立場から原告の羞恥心に充分配慮し、いたわりの態度で身体検査を行ったものであり、違法な点はない。

(三) 尿の任意提出の適法性

原告から受けた尿の任意提出は、刑訴法一八九条二項、一九七条一項及び二二一条に基づくものである。刑訴法は任意捜査を原則とし、強制捜査は法に特別の規定があり、かつ、任意捜査では目的を達することができない場合に限って行うことができるとするのが法理である。原告の場合は、Cが、Y及びIからの報告に基づき、原告の顔色等及び挙動並びに原告を取り巻く環境等から、原告が覚せい剤を使用している疑いが合理的に認められると判断し、Cの指示により、Nが右規定に則って理由を説明したうえ、原告の自然の排尿の時期を待って尿の任意提出を求め、原告がその求めに応じて提出したのであり、任意捜査として適法に行われたもので、何ら強制力の行使はないし、かつ、強権を背景に命令したこともない。

四  被告の主張に対する原告の認否〈以下略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の各事実、同3(二)の事実のうち、女性職員が原告とともに身体検査室に入室したこと、原告が生理中であり下着が汚れていると申し出たこと、同3(三)の事実のうち、原告を無免許運転の被疑事実で取り調べたこと、尿の任意提出を受けるためコップを渡したこと、同3(四)の事実のうち、二月二日午後、原告を無免許運転の被疑事実について取り調べ、供述調書を作成したこと、二月三日午後三時二〇分頃に原告を釈放したことは、いずれも当事者間に争いがなく、当事者間に争いのない右の各事実に〈証拠〉を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

1  昭和六三年一月八日、県警の県下署長会議において県警本部から薬物事犯の取締り強化が目標として掲げられ、さらに、同月一九日、県下防犯課長会議においても覚せい剤事犯取締り強化の指示がなされ、覚せい剤取締法違反以外の被疑事実による逮捕者であっても覚せい剤使用の疑いのある者については尿の任意提出を求めて検査を行うよう指示がなされた。右会議以前においても、県警では、覚せい剤事犯以外の被疑者の中で覚せい剤使用の疑いのある者から尿の任意提出を受けていたが、この指示がなされた後の同年二月一日から二〇日までの間で、覚せい剤事犯以外の逮捕者から尿の任意提出を求めた割合が県警全体において右逮捕者六三人中三一人となって従前と比べて高くなり、その後、覚せい剤事犯以外の逮捕者からの採尿検査が新聞等に報道された二月下旬には、県警本部から、尿を提出する側に誤解を与えることのないようにとの指示がなされ、その後、右逮捕者についての採尿検査率が著しく減少した。

2  原告は、昭和六〇年一〇月二三日に指定場所一時停止違反で罰金五〇〇〇円に、同六一年一二月一九日にBに対する無免許運転教唆で罰金三万円に、さらに、同六二年三月六日に無免許運転、指定速度違反(毎時一五キロメートル超過)、免許証返納義務違反で罰金六万円に、同年六月四日に無免許運転で罰金六万円にそれぞれ処せられた前科を有し、同月五日に免許取消処分(欠格期間三六六日)に処せられている。特に、右免許証返納義務違反は、原告が免許停止処分になる前日、免許証を紛失したとしてその再交付を受け、停止処分の際に再交付を受けた免許証を返還し、右無免許運転の際に再交付前免許証を所持して運転していたというものである。もっとも、原告には右無免許運転等道路交通法違反の前科を除いて、覚せい剤事犯を含めその他の前科、前歴はない。

3  原告の内縁の夫Bは、かつて暴力団山口組系宅見組の相談役であり、昭和六〇年一〇月に暴力団から脱退したとはいうものの、暴力団関係者との一切の交際を断つまでには至っておらず、その交友関係の中には長野市篠ノ井の暴力団組長なども含まれていた外、原告の経営するスナック「○○」にも客の一部ではあるが、Bと交際のある暴力団関係者が出入りしていた。なお、Bには、賭場開帳、暴力行為恐喝、暴行傷害の前科はあるが覚せい剤事犯の前科、前歴はない。

4  本件無免許運転の内容は、原告が自宅から徒歩一〇分の距離である右スナックまで、タクシーを呼べばそれが来るまで一〇分間位かかるという理由でB所有の普通乗用自動車を運転してスナックへ出勤し、稼働中にビールを一本弱位飲んだ後、無免許で帰宅時の昭和六三年二月二日午前一時過頃、自宅に向けて右自動車を運転していたというものである。原告は、警察官に免許証の提示を求められると、ハンドバッグの中を探すふりなどして免許証不携帯を装い、無免許運転の罪を免れようとした。また、本件無免許運転以外にも、同年一月一八日には警察官が原告の無免許運転を現認している外、原告自身も今までに何回か無免許運転をした旨を取調べで認めていた。また、原告方では原告及びBのいずれもが運転免許を有していないにもかかわらず、Bが前記車を所有している。なお、本件無免許運転に際しての酒気帯び運転等の禁止違反については、アルコール濃度が呼気一リットルにつき0.25ミリグラムに満たなかったため立件されなかったものである。そして、原告は、本件無免許運転について、前記一月一八日の無免許運転と併合して略式起訴され、昭和六三年三月九日、罰金一八万円に処せられた。

5  原告は、本件無免許運転の事実により昭和六三年二月二日午前一時二四分現行犯逮捕された後、同日午前一時三四分頃長野南警察署へ引致され、同三六分頃I防犯課長からの弁解録取に対し本件無免許運転の事実を認めた。その際、Iは、昭和六二年暮に市民から「原告が無免許運転をしている。」という通報があったとき原告が山口組系宅見組の元相談役のBと同棲していることを聞いていたので、「薬はやっていないか。」と尋ねたところ、原告が自ら袖をまくって腕を見せたが、原告の腕には注射痕は見当たらなかったので、原告に対し「尿を出してもらって検査すれば判るから。」と告げると、原告は、「今は出ません。」と答えた。

6  その後、原告の身体検査に立ち会うよう指示を受けた婦人補導員Mが到着したので、I、K及びMの三名で原告を長野南警察署に付属する留置場へ連行した。当夜の留置場勤務(看守係)であったZとT巡査は、原告留置の連絡を受けたので、分離用カーテン(少年婦人室の北東角から身体検査室の南西角まで天井にカーテンレールが設置されていて、カーテンを一杯に引くと部屋を二分するようになっている。)を原告が他の男性留置人の目に触れないように引き、原告の入場に備えた。原告を留置場に連行した三名のうち、Iは、原告を看守に引き渡した後直ちに退場し、原告に対する身体検査が午前二時一八分頃から三五分頃まで身体検査室においてZ及びKの指示によりMが補助者となって行われた。Mは、検査に先立って当直室で当直責任者のYから「原告が暴力団の元幹部と同棲している女性なので良く見るように。」との指示を受けていた。

長野南警察署の留置場内部は別紙見取図〈略〉のとおりで、身体検査室は、留置場の東側のほぼ中央に位置し、身体検査室西側と看守者席との間の仕切壁には畳から約八〇センチメートルの高さに横約二〇〇センチメートル、縦約110.5センチメートルの窓枠があり、その内側及び外側に鉄格子が設置されていて、窓枠の看守者席側の上部に布製のカーテンが取り付けられていた。身体検査室には原告とMのみが入り、身体検査を指示したZ及びKは、分離用カーテンの後ろの看守者席側にいた。身体検査室内では、原告は、部屋の奥に入口と反対側を向いて位置し、Mは、原告の後ろの入口側に位置して、身体検査室の扉を随時開けて分離用カーテン越しにZ及びKの指示を受けながら原告の身体検査を行った。Mは、身体検査にあたり、原告に対し体に付けている物や持っている物を出すようにという趣旨の指示をしたところ、原告は、セーター、袖なし肌着の順に脱ぎブラジャーを外したが、遅くとも上半身裸になった後で身体検査室に備え付けてあった浴衣(帯はない。)を羽織り、さらに、Mの求めに応じて、下半身についてもスカート、パンティーストッキングの順で脱いだ。Mは、原告の脱いだ着衣を検査のため室外のZに手渡した。そして、原告は、逮捕当時生理中であったので、浴衣の下にパンツをつけた状態になった段階で生理中であることを述べ、下着も汚れているのでパンツについては脱ぎたくない趣旨のことを述べたが、Mは、身体検査室の外にいるKの指示を受けて、パンツも脱がせ、原告は、最終的には全裸に浴衣を羽織っただけの状態になった。その際、原告は、Mが差し出したトイレットペーパーに生理用ナプキンを包んだ。次に、Mは、再度、Kの指示を受けて原告の股間の検査も行うこととし、Mが股間検査の方法として常に用いていたのは被検者に脚の屈伸運動をさせることによって股間の隠匿物を落下させてその有無を確認するというものであったので、原告に対しても脚の屈伸運動を二回行うように指示し、自ら、その模範を示した。その際、原告がタンポンを膣内に挿入していることを話すと、取り出すようMが指示したので、原告は、止むを得ず指示に従い、タンポンを取り出してトイレットペーパーに包んでから脚の屈伸運動を行った。屈伸運動の程度は、それによって原告が股間に物を挟んでいないかどうかを判別するためであって、特に深く屈伸させたものではなく、原告とMとの位置関係からして、原告の下腹部がMに対して露わになることはなかった。その後、Mは、原告に病気や傷などがないか問いただし、原告の肩にある傷の大きさを測定した。

その後、Mは、原告に紐状のブラジャーとパンティーストッキングは身に付けられない旨を説明し、その他の衣服を着せた。そして、Mは、身体検査室を出る時に、原告が取り出した生理用品をいずれも中身を確かめることなく原告にごみ箱に捨てさせた。その後、原告が身体検査室横の洗面所で石を使って指輪を外し、MがZに対し原告の頭髪及び口腔内の検査が未了であることを伝え、原告のために替えの生理用品を取りに留置場外へ出ている間に、Zは、右検査を頭髪についてはヘアブラシを用いて、口腔については原告に口を開けさせて行った。

なお、以上の身体検査に際し、原告の裸体がZ、K外の男性警察官や看守の目に触れうる状態になったことはなかった(身体検査室と看守者席との間の仕切りが上部四分の一が透明ガラスで、その余がすりガラスであったとの原告の供述部分は、その他の前掲各証拠に照らし信用しない。)。

7  Cは、二日朝出勤したところ、Yから、(1)原告が無免許運転の常習者であること、(2)原告が暴力団の元幹部Iと同棲していること、(3)Iと交際のあった長野市篠ノ井の暴力団幹部には覚せい剤の前歴があったこと、(4)原告の経営するスナックには暴力団関係者が出入りしていることなどの報告を受け、さらに、Iから「薬と言っただけで、原告が覚せい剤のことと判っている。」旨の報告を受けたため、原告には覚せい剤使用の疑いがあると判断し、Nに対し原告から尿の任意提出を受けて覚せい剤検査を行うよう指示した。そこで、Nは、午前九時頃、Mとともに少年婦人室まで行き、原告に対し尿の提出を頼んだところ、原告が「今、出したばかりだから出ない。」と答えたため、その結果をCに報告し、Cは、NとMに対し、午前中の取調べが終わった段階で再び原告に対し尿の任意提出を求めるよう指示した。そこで、Nが、原告の午前中の取調べが終了した午前一一時五〇分頃、留置場に戻って来た原告に対し覚せい剤の検査のために尿を提出してくれるよう申し向けたところ、原告には尿の提出を拒むような言動はなく「はい。」と返事をしたため、NとMは、留置場内の洗面所に原告を案内し、Nは、持っていたプラスチック製コップと広口瓶を原告に渡し、原告は、Nの指示に従い、これらを洗浄した。その後、Mは、原告を便所に案内したが、その際、原告には嫌がるような態度もなく、また、採尿の目的について理由を問うこともなかった。便所に入った後、原告がどれくらい尿を採るのか質問したので、Mは、離れた位置にいたNに確認したところ、できるだけ多くという返事があったので、それを原告に告げた。そして、Mは、便所のドアを二〇センチメートル位開けて、ドアのノブを右手で押さえて便所入口右脇に壁を背にして中を見ずに立っていた。原告は、ドアを閉めるよう頼んだが、Mが「誰も見ていないから。」と答えたところ、それ以上は何も言わずに尿をプラスチック製コップに採取し、さらに、Mの指示を受けて便所内で尿をコップから広口瓶に移し、便所から出て、広口瓶をMに渡し、Mは、これを少し離れたところにいたNに手渡し、原告は、採尿に使ったコップを看守が差し出したビニール袋に捨てた。その後、Nが原告に任意提出関係の書類の作成を依頼したが、原告は、これに対し質問や拒否するなどのことなく書類の作成に応じた。

なお、便所は、間口約八五センチメートル、奥行約108.5センチメートルの広さで、入口から約43.5センチメートル入った部分から床が約二九センチメートル高くなっており、高くなった部分に便器(男女両用式)が設置されている。便所の入口には、幅約六〇センチメートル、高さ約179.5センチメートルの木製片開き(入口に向かって右から左への外開き)の扉が設置されている。この扉が約二〇センチメートル開いた状態では、看守者席からは、便所内部の状況を見通すことはできない。

原告の提出した尿は、二月二日、科学捜査研究所に鑑定嘱託され、翌三日、覚せい剤及びその原料の含有は認められないとの結果が判明した。

8  原告に対する無免許運転の取調べは、Rにより、二日午前九時四五分頃から午前一一時五〇分頃まで第四取調室において行われて供述調書が作成され、午後〇時五五分頃から午後三時三五分頃まで第三取調室において、再度、Rによる取調べが行われて供述調書が作成された。また、H巡査部長は、同日午前九時頃から午後四時頃までの間、原告の無免許運転に関してBから事情を聴取して供述調書を作成した。さらに、翌三日午前一〇時三分頃から三〇分頃まで第四取調室においてRによる原告に対する取調べが行われたが、供述調書を作成するまでには至らず、そして、二日から三日昼頃まで、原告の余罪について立寄先の聞込みや交通安全センターにおける捜査を実施したが、昭和六三年一月一八日に警察官が現認した無免許運転及び本件無免許運転以外には立証のための証拠資料が得られなかったので、同三日午後二時一〇分頃から三四分頃まで鑑識資料採取室においてSにより原告の写真撮影及び指紋採取が行われた後、原告は、同日午後三時二〇分頃、釈放された。

二そこで、先ず、弁解録取書作成後の留置継続が違法か否かについて検討する。

争いのない事実、前記一2、4、5及び8で認定した事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告には今回までに無免許運転の前科が二回あり、他に昭和六三年一月一八日に警察官が現認した無免許運転があることや、自宅にB所有の車があり原告にも簡単に運転できる状況にあったことから、原告が免許取消処分から逮捕に至る約八ケ月の間に無免許運転を反復継続していたのではないかと警察官が疑いをもって取調べにあたることは当然であり、さらに、本件無免許運転は、飲酒の量如何によっては酒気帯び運転との観念的競合にもなりかねない状況にあったなど態様が極めて悪質であったこと、原告には再交付前の免許証を所持して無免許運転を行った前科があり、今回逮捕時にも免許証不携帯を装っていたのであるから、原告が逮捕後の弁解録取の際に本件無免許運転の事実を認めたことや現行犯逮捕であることから、直ちに、弁解録取書作成後は罪証隠滅の虞れがなくなったとは言えない。

そして、右認定によると、警察としては情状面で多大な影響を持つ同種余罪の取調べを行うなど捜査を継続すべきことは当然であり、特に同種余罪の回数、態様如何によっては、懲役刑を求刑することも充分考えられた事案であることからすれば、三日午後三時二〇分頃まで原告に対する留置を継続したとしても捜査に必要な留置と認められ、その他原告に内縁の夫がおり子供三人の母親であること等原告主張の事由を考慮しても、右留置が違法となることはない。

三次に、身体検査が違法か否かについて検討する。

1  逮捕中で警察署付属の留置場に留置される者(以下「被留置者」という。)に対する身体検査の根拠及び程度について

前記一6の認定事実によると、被告の警察官は、逮捕中の原告に対し、被疑者として警察署付属の留置場に留置するに際し肌着を脱がせた状態による身体検査まで行っているところ、原告は右身体検査はそもそも憲法、刑訴法その他の関係諸法に基づかない違法なものであると主張し、被告は右身体検査は原告又はその他の者の自殺、自他傷、逃亡等の防止を目的とする施設管理権の行使としてなされた適法なものであると主張しているので、先ず、被留置者に対する身体検査一般の根拠及び程度について検討する。

被留置者の身体検査については、憲法及び刑訴法上に規定はなく、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条四項において「警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。」と定めている外、警察法一二条、五条二項一四号に基づく被疑者留置規則(国家公安委員会規則第四号)八条において「看守者は、被疑者を留置するに当っては、その身体につき凶器を所持しているかどうかを調べなければならない。」と、同規則九条一項において「被疑者を留置するに当っては、その被疑者が自己の防ぎょをする権利に関しないもので、かつ、捜査上または留置場の保安上支障のある次の各号に掲げる物(以下「危険物」という。)を所持している場合には、留置主任者は、その物の提出を求め、留置中保管しておかなければならない。」とし、危険物として、一号で「帯、ネクタイ、金属類、毒物、劇物その他の自殺の用に供せられるおそれのある物」、二号で「マッチ、ライター、煙草、酒等火災その他の事故発生の原因となる物」、三号で「罪証隠滅等捜査に支障があると認められる物」と定めている(なお、警視庁は、昭和三八年一〇月二〇日、所轄警察に対し「被疑者留置規則の運用について」と題する通達を発し、その中で「2身体捜検 (1)留置人の身体捜検にあたっては、人権の尊重に留意し、留置人の生命、身体の安全を確保するため、自殺、自傷または他の留置人に危害を加えるおそれある凶器その他の物の発見に努めるとともに、捜査の円滑な遂行と留置場の秩序維持のため、逃走、通謀、証拠隠滅その他留置場の管理上支障がある物の発見に努めるものとする。この場合、凶器等を発見したときは、これを差し押えその他適切な措置をとらなければならない。(2)女子の身体捜検は、原則として婦人警察官をして行なわせるものとし、婦人警察官の不在等の場合は、必ず医師または成年の女子を立ち会せて、医務室または適当にしゃへいされた場所で行ない、はだ着は脱がせないようにすること。この場合、立会人に補助させる必要があるときは、具体的に指示して行なわせ、その適正を期さなければならない。」としている。)。

右各規定は、一部に「捜査上の支障物」という異質な部分はあるが、主として、いずれも被疑者を留置するにあたって、当該被疑者又はその他の者の自殺、自他傷、逃亡等を未然に防いで保安を保ち、留置施設の管理運営の適正を図る(以下「保安管理権」という。)ために設けられた、凶器等発見のための点検規定であり、監獄法一条にいう「監獄」に拘禁、留置される懲役等に処せられた者、勾留中の被告人(勾留中の被疑者も含み、したがって、勾留状の勾留場所として警察署付属の留置場(いわゆる代用監獄)が指定された場合は、同法の適用を受けるものと解される。)等についての同法一四条前段の規定(「新ニ入監スル者アルトキハ其身体及ヒ衣類ノ検査ヲ為ス可シ」)も前記各規定と趣旨、目的を同じくするものである。

そして、保安管理権の行使としての点検は、令状なしに強制的になしうるものである。

他方、刑事事件の捜査、裁判等につき個人の基本的人権の保障と刑罰法令の適正な適用実現等を目的とする法令のうち、刑訴法二一八条一項本文は、「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押、捜索又は検証をすることができる。」としているところ、この捜索の対象には人の身体も含まれると解される(刑訴法二二二条一項、一〇二条)が、その場合は、いわゆる外部的検査、すなわち着衣の上から手で触れたりポケットの内部を調べたり、頭髪や口腔、耳腔等を調べることに限られ、着衣を脱がせ、全裸又はこれに近い状態で身体の外表又は肛門等の体腔を検査する場合は、検証としての身体検査令状(刑訴法二一八条一項後段)を必要とすると解される。そして、身体の捜索の場合、刑訴法一一五条は、女子の場合、成年の女子の立会いを原則として(「急速を要する場合」を除いている。)要求し、検証としての身体検査の場合には、刑訴法一三一条一項は、「身体検査を受ける者の性別、健康状態その他の事情を考慮した上、特にその方法に注意し、その者の名誉を害しないように注意しなければならない。」とし、二項で、「女子の身体を検査する場合には、医師又は成年の女子をこれに立ち会わせなければならない。」と定めている外、犯罪捜査規範一〇七条(国家公安委員会規則第二号)は、「女子の任意の身体検査は、行ってはならない。ただし、裸にしないときはこの限りでない。」と定めている。

右各規定は、いずれも犯罪捜査、裁判等のための身体検査等に関する規定であって、憲法に規定する捜査等における令状主義等の要請から厳格に定められており、裁判の執行等として支配、服従の関係となる前記監獄法等の身体検査規定とは趣きを異にしている。

そこで、本件は、既述のとおり、逮捕され警察署付属の留置場に留置された被留置者で、女性である原告が、被告の主張によっても、捜査としてではなく保安(施設)管理権の行使としての身体検査を受けた事案であるから、女性の被留置者に対し保安管理権の行使として、いかなる場合に、どの程度までの身体検査を強制的に行うことができるかが問題となるところ、本件が被留置者に対するものであり、かつ、捜査としてのものではない点において、前記監獄法及び刑訴法の各身体検査規定は根拠とならないうえ、被留置者に対する保安管理権の行使としての身体検査に関する直接の規定はない。しかし、凶器等の点検に関する前記警職法二条四項、被疑者留置規則八条、九条があるので、これについて、監獄法や刑訴法の前記諸規定と対比しながら検討することとする。

なるほど、被告が主張するように、一般的に身柄拘束という点では、逮捕中であっても、監獄法の適用を受ける起訴前及び起訴後の勾留、刑執行等の場合であっても同一であり、しかも、警察の逮捕が最も先行する手続であることを考えれば、その際に被留置者が凶器等の危険物を所持している可能性が最も高く、その早い時期に徹底的に検査を実施するのが保安上適切であることになる。その一方で、逮捕中の留置は、観念的にはともかく、捜査機関による留置であって、勾留、判決等裁判の執行として行刑機関が行う拘束とは異なり、警察署付属の留置場においては、捜査機関と留置機関の区別が判然としないところがあり、令状によらない保安管理権の行使としての身体検査を無制約に認めると、たとえその趣旨が被留置者の自殺や自傷等の防止にあるとしても、身体検査の外観、内容は捜査としての身体の捜索や検証と変わらないから、被疑者の人権、名誉を配慮して捜査を行うよう要求した刑訴法及び犯罪捜査規範の趣旨を没却する危険性は極めて高く、保安管理権の行使に名を藉りた令状なしの捜査としての身体検査がなされる虞れもなしとしない。さらに、逮捕の場合には、その留置期間が短いうえ、事案によっては直ちに釈放される可能性もあること、被疑事実や逮捕の状況から常に危険物等の持込みの可能性があるわけではないこと、前記警職法等が身体検査とせずに凶器等の点検についてのみ規定していることからすれば、被留置者に対する保安管理権の行使としての身体検査については、いわゆる外部的検査は一般的に許されるとしても、着衣を一部あるいは全部脱がせての身体検査は、被留置者が所持している疑いのある凶器や危険物を発見するため合理的に必要と認められる最小限度の範囲においてのみ許されるべきものであり、かつ、身体検査に際して被検者の名誉を害しないようにすべきことは捜査としての身体検査の場合と異なることはないから、必要とされた範囲の身体検査を実施する場所及び方法としては、本件の如き女子の場合は、全くの外部的検査以外は、原則として、婦人警察官をして行わせるか、又は、必ず医師若しくは成年の女子を立ち会わせて、医務室又は適当に遮蔽された場所で行い、特にその必要がある場合以外は、肌着を脱がせることはしないようにすべきである(なお、同意(任意)による身体検査もありうるが、肌着を脱がせての身体検査は、その限界を超えるものと解すべきである。)。

2  以上を前提に、被告の警察官が原告に対し肌着を脱がせた上で身体検査を行ったことが容認されるべき特別の事情があったか否かを検討する。

前記二で認定したとおり、原告の前科等諸般の事情に鑑みると、原告については無免許運転の取調べのために留置を継続する必要があり、そのため、留置を行うにあたって、自殺、自傷等の防止等留置場の秩序維持の観点から一般的ないわゆる外部的身体検査を行い、女子が通常所持ないし着用していると予想される「危険物」(ブラジャー、パンティーストッキング等は被疑者留置規則九条一項一号の危険物に当然該当する。)の提出を求め、これを保管する必要があり、前記一6で認定したとおり、自殺、自傷等の予防のために、Mが原告に対し着衣の一部を脱がせ、紐状のブラジャー及びパンティーストッキングの提出を求めたことは当然のことである。

しかしながら、原告の被疑事実は無免許運転であって、たとえば、選挙違反や増収賄のように逮捕されて関係者等に迷惑をかけるなど、あるいは、母子心中未遂や子殺し等のように前途を悲観するなどの理由で自殺等を図るとは一般的には考え難く、具体的にも原告が自殺等を図るような特段の気配は全くなかったこと、原告は深夜勤め先のスナックから車で自宅に向けて帰宅途中に無免許運転で現行犯逮捕されたのであり、通常このような場合、肌着の中や股間に凶器や危険物(なお、被疑事実が無免許運転であるから、被疑者留置規則九条の「捜査上の支障物」は直接的には考えられない。)を隠匿していることは予想されず、特にこれを疑わせるに足りる事情があったとは認められない。

なお、前記一3で認定したように、原告の内縁の夫が暴力団関係者と交際しており、証人Mは、原告の挙動が不審であり、危険物等を所持しているため生理を理由に身体検査を拒否しようとしているのではないかとの疑念を持ったと証言し、原告自身も逮捕されて不安な状態であった旨供述しているところ、逮捕された経験のない者が逮捕された場合、ある程度の落着きを欠くことは当然ありうることであり、初めて逮捕された原告に不安な様子が窺え、身体検査に立ち会ったMが右のような疑念を抱いたとしても、前記のような逮捕の状況などを考慮すれば、原告が肌着や股間に凶器や危険物を隠匿している虞れがあるとのKらの判断は、合理的な根拠を欠くものであったと言うべきである。

したがって、被告の警察官が原告に対し行った肌着を脱がせた全裸(浴衣を羽織らせたとしても)の身体検査や生理用品を排出させた上での股間の検査は、身体検査の範囲、程度を逸脱した違法のものであると言わなければならない。

もっとも、右身体検査は女性であるMの立会いの下に外部と遮蔽された身体検査室でなされており、その場所、方法について特に違法とすべき点はない。

また、Mが原告のために替えの生理用品を取りに留置場を出ていた間に、ZがMの立会いなく原告の頭髪及び口腔の検査を行っているが、右は、外部的検査に準じたもので、かつ、女性なるが故に特に配慮すべき身体的部位の検査とはいえず、前記一6で認定した右検査の態様、方法等を考慮すれば、Z、Mらの措置は、適切とは言えないが未だ違法とまでは言うことができない。

四さらに、尿の任意提出が違法か否かについて検討する。

前記一2、3、5及び7の認定事実によれば、原告は、無免許運転の現行犯逮捕により身柄を適法に拘束され、留置されていた間に、逮捕被疑事実以外である別件の覚せい剤使用の疑いがあるとして尿の任意提出を求められたことが認められるが、原告がIから「薬」と言われただけで覚せい剤であると判って自ら袖をまくったとしても、原告の顔色や挙動等について酒酔い・酒気帯び鑑識カードや身体検査の記録からは、態度、顔色、目及び手の状態がいずれも普通であり、腕に注射痕もなく、原告及びBには覚せい剤関係の前科、前歴がなかったのであるから、逮捕当時、原告には、その直近の時期に覚せい剤を使用していたと疑うに足りる客観的状況があったとは認めることができない。

そこで、覚せい剤事犯以外の被疑事実で逮捕した全ての被留置者に対し、その目的を何ら説明することなく尿の提出を求め、原告の尿の提出もそのような捜査の一環として行われたものであれば違法なしとしないが、前記一1で認定したとおり、県警本部の薬物取締り強化方針に則り県下警察署において原告が逮捕されていた時期の前後に被留置者から尿の任意提出を受ける率が高くなっていたことは否定できないものの、被留置者全員から一律に採尿したとまでは認められないこと、前記一7で認定したとおり、Nが原告に対し尿の提出を求めた際、覚せい剤の検査を行う旨を告知していること、任意捜査に着手するかどうかは、捜査機関に広汎な裁量が認められていること、覚せい剤が暴力団の資金源となっていること及び覚せい剤事犯が暴力団関係者や水商売関係者に止まらず少年を含む一般市民にまで蔓延していること(当裁判所に顕著である。)、原告を取り巻く環境や原告に遵法精神が欠けていることなどからすれば、原告の覚せい剤使用について捜査官としての立場から一応の疑いをもって、任意に(同意を得て)捜査することまで一切許されないわけではなく、原告に対し尿の任意提出を求めたこと自体が直ちに違法となるものではない。

そこで、原告の尿の提出が任意によるものか、原告が別件の逮捕中のために心理的に尿の提出を拒否できない事情があったかを検討するに、本件は、いわゆる別件逮捕による取調べの事案ではなく、適法な逮捕及び留置手続の中において任意捜査として尿の提出を求めたものであり、前記二の認定のとおり、捜査官において逮捕被疑事実の取調べが終了したにもかかわらず原告が尿を提出するまで留置を継続したというものではなく、排尿済みとの原告の当初の言明に基づき、捜査継続中に次の自然排尿を待って、その提出を求めていること、Nは覚せい剤検査であることを原告に告知しており、NやMが原告に尿の提出すべきことを強要したり、身体検査の一部として当然に尿検査を行うなどの偽計を用いたりしたものではなく、原告が別件逮捕中であるが故に尿の提出を拒絶しえなかった心理的圧迫、強制等があったものとは窺えないこと、法は、尿の領置手続において任意提出を拒否しうることまで告知することを要求していないことからすれば、本件尿の提出は、原告の任意によるものであって、違法とは認められない。

また、、採尿の方法についても、原告は当時逮捕され留置されていたのであるから、別件の任意捜査としての採尿中といえども身柄拘束者としての一般的監視を受けることは当然であり、原告が便所内にいる間、Mが万一の事故に備えて便所の扉を約二〇センチメートル位開いて扉の外に立っていたことも、格別違法とは言えない。

五そこで、原告の損害額について検討する。

前記三の認定事実によると、原告が肌着を脱いだり股間の検査を受けなければならない特別な事情はなかったにもかかわらず、肌着もすべて脱いだ全裸の身体検査をされ、股間の検査としてタンポンの排出も指示され、脚の屈伸運動をさせられたことにより精神的苦痛を受けたことは明らかである。

もっとも、全裸になったとはいえ、少なくとも上半身が裸になった状態以後は浴衣を羽織っていたこと、股間の検査についても原告とMの位置関係から、原告の下腹部が露わになってMにおいて直視できる状態になったことはないこと(Mにそのような目的もなかった。)、身体検査を指示したZやKなど男性の警察官や看守者席の男性の看守から原告の裸体が視認されることはなかったことなど諸般の事情を考慮すると、慰藉料の額は二五万円が相当である。

また、弁論の全趣旨によると、原告が本件訴訟を提起、追行するため、本件訴訟代理人弁護士らに依頼し、三〇万円の報酬を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経緯、認容額等に照らすと、被告に対して請求し得る弁護士費用の額は一〇万円が相当である。

六結論

よって、原告の本訴請求は、前記慰藉料及び弁護士費用の合計三五万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六三年二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言の申立てについては、被告の支払能力に危惧すべき点はないので不相当としてこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑健二 裁判官菊地健治 裁判官中山直子は差支えにより署名捺印できない。裁判長裁判官山﨑健二)

別紙見取図〈省略〉

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